Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “おひるね仔猫の見る夢は…”
 




 三月も春分を過ぎるといよいよの春の趣きも強くなり、梅に続いて沈丁花に山桜、盆栽にも好まれ、白や緋色のスズランみたいな小花が房のように枝に下がる馬酔木と、可憐な花が次々に咲きほころんで。薄めた青にすみれ色を淡く亳いたよな空の下、風のない中ならば十分にぽかぽかと、暖かな色合いの陽光が降りそそぐようになる頃合い。大学生や受験生、高校生や中学生に続き、小学校もやっとのこと、お待ち兼ねの春休みに突入したそうで、
『日数は冬休みと変わんねぇのにな。』
 やっぱ宿題がないからか、それとも年末年始なんていうバタバタした空気じゃないからかな、もっとずんと長いような気がすんだよななんて、相変わらずに一端
いっぱしな物言いをしていた、金髪金眸の小悪魔坊や。昨日の金曜が終業式だったという、そのすぐ翌日であるにもかかわらず、こちらさんは最上級生たちのファイナルにあたる春季都大会に向けて、学校の専用グラウンドへと顔を揃えてた“賊学カメレオンズ”の朝からの練習の中へ、さっそくのように混ざっていた彼であり。大きなお兄さんたちを相手に、その足元にて“走れ走れ”と牧羊犬のように駆け回ったり、パスルートをま〜だ覚え切ってねぇのかよとマシンガン掃射にて追い回したり、一丁前な叱咤激励、盛んに浴びせていたものの。

  “………おやおや。”

 食事を兼ねた昼休みを宣言されて、十分すぎるほど体の温まったメンバーたちが一旦散り散りになっての幾刻か。相変わらずに動き惜しみをしない、そりゃあ頼もしい女子マネのメグさんが、まだ冬服のセーラー服を時折吹きつける悪戯な風にひるがえしつつ、軽快な足取りで買い出し先から戻ってみれば。妙に静かだなと思った視線の先の陽溜まりの中、グラウンドの一角に据えられた、堅いだろう古びたベンチの上にて。小さな肢体をなお丸めるようにして横になり、金の毛並みの仔猫のように、くうくうと心地よさげにうたた寝の真っ最中な坊やを発見したりして。いつもお元気な彼ではあれど、朝っぱらから半日ずっとという練習への参加は久々だったからね。さすがに堪えたらしいねと状況を把握したその上で、
“可愛いもんだよねぇ。”
 結構な長さのお付き合いになった今、笑ったり怒ったりするお顔の可愛らしさは十分見慣れていた筈だったのにね。柔らかそうな明るい金の髪を春めいて来た陽に暖めて、真っ白い頬や耳朶には ほのかに朱を散らしている様が、何とも言えず…それはそれは可憐で愛らしく。間近になると判る、こちらも金の睫毛が頬の縁に緩く伏せられており、明るい中にあってはその稜線の細さがお顔の白さの中に溶けてしまいそうになっている、こちらもやわらかそうな小鼻の下には、ほころびかけた野ばらの蕾みたいな、形の立った小さな緋色の口許、薄く開いて。お顔の間近になった小さな肩から連なるは、軽い素材の表地がしゃわしゃわと身動きに鳴る、ダウン・ジャケットに包まれた細い二の腕。無造作に投げ出された両腕は、絶妙に重なることでベンチからはみ出した宙に、少々危なげながらも浮いており。さすがに意識がないからか、力なく丸まった指の小ささが、いかにも稚くってそこもまた可愛い。
“日頃は隙がないからねぇ。”
 誰も揚げ足なんて取ったりしないのにね。所作にもなかなかの品があって、指先だって綺麗に揃えている子で。いつだって大威張りで、いつだって大上段からの物言いをする子で、そしてそんな態度を誰かの威信に据えたりはしない。我らがキャプテンさえ言い負かしてという勢いにて、あくまでも自らの威勢で自分を支えてる逞しい子だからね。こんなにも無防備に寝入っていること自体が珍しく、だがまあ、それも有りかなと頷けるのは、すぐ傍らに大きな背中があったりするから。だからこそ、気を許しまくっての熟睡状態になっている彼なんだろねと、こんな小さな子供へそんな感慨を持ってしまう自身へ苦笑をしかけたメグさんだったものの、

  「………何してんだい、ルイ。」
  「ん〜〜〜?」

 暖かな日和の中、時折響くは“ぱっちん…”という堅い音。お返事にも張りのないまま、ベンチの上へと片膝立てて、引き寄せられた足元を、頭を垂れるようにして見下ろして。我らが総長が一体何をしていたかと言えば、
「何かソックスが引っ掛かっててよ。」
 練習中に気がついたんで今のうちにと思ってな。そう言ってお手入れしていたのが、足の爪だったもんだから、うららかな陽光の下、何とも呑気な構図だねぇ…じゃなくって。
「…あのねぇ。」
 メグさん、呆れて思わず溜息。場違いにも程があるよと感じてのことだろう気配だというのはさすがに伝わったか、
「んだよ。放っとくと指が引っ張られた揚げ句に爪割ったりして危ねぇだろうが。」
 もう済んだのか顔を上げ、足を降ろしつつ言い返した葉柱総長へ、
「判ってるよ、そんくらい。」
 体のメンテはスポーツ選手の基本中の基本。爪や髪の長さ一つ取っても疎かにしちゃあいけない要素には違いないが、
「せっかくこんな可愛い子の姿が間近にあんのにさ。」
 それにきっぱり背中を向けて、足の爪をちょっきんな…じゃなかろうよ。
「背中向けねぇと危ねぇし。」
「だ〜か〜ら〜。」
 ここまで咬み合わないとは思わなかったか、そこまで審美眼がマヒしてる奴だったとはと歯咬みしかかったメグさんだったが、

  「この程度でいちいち見惚れてたらキリがねぇぞ?」
  「…はい?」

 プロテクターがなくとも大きな肩越し、ちろりんと背後を一瞥した彼のその目許が口許が…小さくほころんだ、その甘やかさよ。切れ長でしかも瞳の小さな三白眼という、鋭いばかりの目許が、苦手な蜂蜜でも舐めたかのように微妙な度合いにて和んで、それから、

  「湯上がりの寝顔の方が可愛いしな。」
  「……………え?」

 ウチに来てて、遅くなったから泊まるって運びになったりするだろ? そうなりゃあ帰る時間を気にしなくてよくなるから、勢いづいてはしゃぎ出しやがってよ。ずんと夜更かしになった揚げ句にそれから風呂入れて寝かすんだが、まだ眠くねぇとか言いながら、でも瞼は半分ほど下がってたりして。それを誤魔化そうとしてか、やたら上機嫌で微笑いやがるから可愛いの何の。そいで、膝に抱え込んで頭とか拭いてやってると、急にこてんってこっちの懐ろへ転がって来やがって。あっさり寝ついてんのを抱き上げてやるとよ、ふっかふかの頬っぺとかからセッケンの匂いとかして、起きてる時の何倍も可愛いんだぜ? まあ、精一杯強がってんのも、見方を変えりゃあ十分可愛いけどもな。

  「…ふ〜ん。」

 ああそうかいとも言い出せず、何とも毒気を抜かれたような声を返したメグさんへ、

  『ダメっすよ、話ぃ振ったら。』

 だから俺ら、極力 傍に居ないようにしてたのにと。幹部や親衛隊クラスの面々がそんな忠告をしてくれたのが、その日の夕刻、帰り道でのこと。最近、急激に父親モード濃いんですから。王城の進と、こんなところで競い合うつもりなんすかね。こちらもどこまで本気なのやら、そんな風に口々に案じていた彼らであり。

  “平和なもんだよねぇ。”

 だって春ですからねと応じるように、ご近所のどこぞかのお宅の窓からも、春をお題にしたピアノ曲の音色が、ちょっぴり覚束ない調子にて流れて来たりして。飴がけした金の陽光降りそそぐ、いよいよの春はもうすぐそこ、みたいですvv










  clov.gif おまけ clov.gif


 メグさんへと買い出しを頼んだ中には、坊やからのリクエストだったハンバーガーもあったので。温かいうちに起こしてやんなきゃと思うより先、匂いで気がついたのか、ご本人が自力で目を覚ました。中途半端な長さの午睡だったからか、金茶の眸や口許などなど、普段の清冽な冴えが随分と薄まっていて、ふにゃいと蕩け半分になっているお顔もそれはそれで愛らしく、
「どした。テンション、なかなか上がんねぇのな。」
 そんな風に訊かれたのへと、
「…なんか変な夢見てさ。」
「変な夢?」
「うん。」
 その小さな手元を覆うほどもの、少し大きめの包装紙を広げたハンバーガーを見下ろしながら、あんな? ルイが出て来てな?と語り始めた坊やであり。
「まあまvv
 夢にまで出て来るなんて仲のいいことだねぇと、チラリンと見やって来たメグさんの視線を避けるよに。ちょいとそっぽを向きながら、蓋の穴へとストロー差して、カップ入りのアイスティーを飲み始めていた総長さんであったのだが。その背中へと、自分の小さな背中をくっつけたままの坊やが続けた言いようが………とんでもなかったもんだから、

  「ルイが縛り趣味のおっさんで、俺は荒縄で縛られてる夢だったんだよな。」

 漫画によくある表現ながら、ビックリした拍子に飲みかけてたものをそのまま噴いてしまうってのは、実はさして大仰な反応じゃあないらしく。
「うわっ!」
「ヘッドってば、汚ねぇですよう。」
「う、うるせ…。」
 思わぬ“噴水芸”を披露したついでに噎せもしたのか、けんけん・げほがほと、今度は咳が止まらないお兄さん。その背中を、しっかりしろとさすってくれる小さなお手々の持ち主へ、
「なんちゅう夢を見てやがるかな。」
 誰のせいだと思っとると八つ当たり(?)をすれば、
「知んねぇもんっ。俺だってそんな変な夢なんか見たいもんかよっ!」
 姿勢が妙だったから、そんでかな。それに、ルイ、何かぼそぼそ枕元で話してたろう。それが聞こえたからかも知んね。あくまでも“音声が”というつもりだったろう、内容まで聞こえたとは言ってない坊やだったのにね。

  「…そそそ、そうか。それじゃあしょうがないかな。/////////
  「一体、何の話をしてやがった。」

 坊やが鋭いのもあるが、判りやすい男だってのも問題なのかもなと。すぐさまピンときて“言ってみな”と睨む坊やと、覚えているから焦ったくせに“忘れた”と惚ける総長さん…という、相変わらずの相性らしい彼らのやり取りへ、苦笑が絶えない周囲だったそうですよ。





  〜Fine〜  06.3.25.〜3.27.


  *陽だまりにいると眠くなる、いい日和が続いたもんで。
(笑)

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